広重そして江戸東京博物館
ギャンブルのことばかり書いていて少し食傷気味ですので話題を変える事にします。
今日は土曜日ですが、誰も居ないことを幸いに事務所に出てきましてPCの前でブログを書き始めています。
昨日の私の一日でも綴ってみます。
珍しく早朝から事務所に出まして、事務仕事を処理しました。というのも今日は時間を創って何とか両国にいこうと決めたからです。私はいつもそうなんですが直前にならないとなかなか行動しない人でして、広重の展覧会の期日が終わりそうだったのです。
両国あたりは仕事で行くこともないものですからなおさら後回しになってしまいます。
午後からやっと江戸東京博物館へ出向いたのでした。
私は初めてだったのですが、外からはその目立つ大きな箱はよく見ていました。正直に言うと”税金の無駄ずかいの箱物をまた役人が創ったんだろう。”としか観ていませんでした。
入ってみると確かにお金を掛けた建造物です。しかし、私は広重よりも博物館の方にむしろ興味を抱き感じるものがあったのです。
広重は江戸東京の文化、歴史、生活の展示物の一角に展示されていただけでした。浮世絵は東海道・・ではなく江戸百景です。作品はその一部で秋、冬のもの30枚くらいです。好きな人には少なすぎる数ですが、私には却ってこのくらいのほうが良く観れて。
私は展覧会のあの膨大な展示物にはいつも閉口しまして、何をみたか判らなくなりますので、事前にプログラムが手に入る時は観るものを限定していくことが多いのです。
中にはこの一点だけが見たいなんて事もある、随分もったいない客でもあります。
広重の版画は北斎とは対照的なもの。北斎の大胆な構図と緻密なデッサンは私をとりこにします。それに比して広重の絵は丁寧に描かれ、なんともいえぬ”癒し”が存在します。どちらも素晴らしいです。
しばらく至福のときを過ごしました。
しかし、それ以上に思い出深いものをこの博物館で感じました。日本の文化というと如何しても京都を思い出しますが、江戸という文化が存在したことを確認しました。
そこには町人文化というエネルギーに溢れたものがあったことをすっかり忘れておりました。展示物も単純な羅列ではなくよく考えられた見せる工夫がしてあります。
江戸、明治、大正、昭和それぞれの時代と生活が理解できるのですが、私にとって衝撃的だったのは昭和は私にとっては身近なものだったのですが、もはや博物館で見聞するものになっていたことです。
確かに、私の子供達が知らない昭和がそこにはたくさんありました。
私と同じように”ショック”を感じたい方はぜひ行ってみてください。意外に楽しめる空間です。外人が多かったのですが、我々こそもっと行くべきかもしれません。
その後は、銀座のシンワの本社によりました。明日のオークションの下見会のためです。もちろん私が明日、数千万、数億のものを落とす予定などあるはずも無いのですが勉強と冷やかしのようなものです。
その後は、都内のある場所で20時から、仕事の打ち合わせに顔を出しました。
これが、私の一日です。元気に遊び、元気に仕事をした、極、稀な?一日でした。
また、私の”ある一日”と題して書かせていただきます。次回はギャンブル道に戻る予定ですが、その前に季節感のある話題を書くことになるやもしれません。
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