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2006年3月22日 (水)

ギャンブルの道・疾風編

私が東京へ上京することになったきっかけは既に何度かお話している通りです。
周りの人に勧められ、何より自分がその気になってもっと芝居というものを知りたいとおもったのです。”芝居をやるならやはり、東京しかない。”と。そして、運良くある新劇の劇団の研究生試験に受かったことで上京したのでした。

当然、ギャンブルに対する捉え方は京都にいた時とは可也違ったものでした。
ギャンブルとは楽しむものだったのが、お金を稼ぐものに変化していました。劇団などに入っていますと公演近くなるとバイトもできませんし、普段でも時間の制約されたものは不可能です。
地方へ公演など行って東京のアパートに帰ってくると、何ヶ月も部屋代が溜まっており、その支払いのあてなどありません。芝居で得られるお金など、持ち出しの方が多いくらいなんですから。
電気やガスを止められるくらいは驚くことでもありません。
多くの仲間が芝居から去っていきました。残念ながら、情熱だけでは続けられないのが現実なのです。

私が辞めて逃げ出した経緯については何度も書いておりますので省略しますが、私もまた生活費をどうするかは大きな問題でした。
その時には、親に勘当もされておりましたので、金を念出せねばなりません。バイトを探してもすぐ辞めなくてはいけなくなったり、時間の都合の付くものがなかなか見つかりませんでした。
そこで、私はある時期、麻雀で生活費を稼ぎはじめました。時間的には自分の都合でいいのです。後は稼げるかだけでした。
そこで、私は新宿や新橋の麻雀荘にひとりで出入りしはじめました。勿論、見ず知らずの人と打つわけです。お金は何かあったときのために殆んどの持ち金を所持していました。
ただ、けっして危ない店には出入りしませんでしたし、大きなレートのものも避けました。
それでも、いろんな人が声を掛けてきます。
ある時は、少しその筋らしいお兄さんにコンビを組まないかと誘われたこともあります。
判らないかもしれませんが、4人の麻雀で2人以上に組まれると勝ち目はありません。
”とうし”などの合図を送ることでイカサマもできます。
勿論、断わりました。若いので曳きの強さがあり、それだけでなんとか稼いでいました。所詮、大した金額ではありませんが。

それすらも、時間が無く出来なくなってしまいました。
その時の思い出をひとつだけ披露します。ある時、よく行く雀荘でいつものように打っていました。そのときには、時々同じ卓でやることがあった30代の男性と一緒になりました。
実は私にとっては”お得意さん”の一人でした。随分荒い麻雀をする人で、いつも負けていました。
羽振りがよくて、自分は築地の乾物屋の跡取りだとのふれこみでした。
その日も可也勝たせてもらっていました。すると、突然、店に入ってきた数人の男が彼の両側に立ちました。”Yだね。”と呼びかけましたが、その名前は私たちが知っているものではありません。
”違いますよ”と彼はこたえましたが、もう一度、中年の男性が”Yだな。兎に角少し来て。”と有無を言わせずに荷物を整理させて外に連れ出しました。
私たちは急なことで訳がわからなかったのですが、呆然とゲームを放棄して出て行く彼を見送りました。皆でビルのベランダへ出て下を覗きますと、出入り口にはまだ数人の男がそこを固めていたのです。出てきた彼を全員で取り囲むと車に押し込み立ち去ったのでした。
後から判ったのですが、築地の・・・は、真っ赤なうそで、窃盗犯で、盗んだ他人の保険証でサラ金から金を借りまくっていたのです。前科もお持ちで指名手配中でした。
道理で、金使いも荒く投げやりな態度でした。
ただ、残念だったのはあの時、私は可也勝っていたんですがゲーム不成立になってしまったのです。それだけが未だに残念です。

次回は私とギャンブルの友人達との事を書こうかと思います。ギャンブルについて、この話題はネタがあって意外に長続きしそうです。ラッキー。ギャンブルの話題の嫌いな方、もう少し我慢してください。

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コメント

 ギャンブルは全くやらないので、わかりませんが、麻雀で生活費を稼げるなんて凄いです。
 しかし、その30代男性には裏があったのですね。まさか、精算してくださいとも言えませんものね(笑)。

投稿: 松沢千鶴 | 2006年3月23日 (木) 18時40分

>こんばんわ。
その男の人とはその後音信不通ですのでどうしておられるやら。随分、昔ですからもう出所しておられると想いますが、私のように?真面目に働いていてくれることを願っております。

投稿: じゅんのすけ | 2006年3月23日 (木) 21時44分

じゅんのすけさん、こんばんわ。
今回は胸が熱くなって・・・何と書けばよいかペンが止まってしまいます。夢と希望の為に東京へ出てきて、大好きな芝居の為に危険な思いをしながら生きていた青春時代。夢があったからどんなことでも耐えてこられたのですね。今は思い出になってしまったから、このように書けるのですね。ドラマテイックな時代でしたね。怖いものなし。自信もあり、これからもその時の経験を基に悔いの無い人生を送って欲しいと思います。あまりにもブログがリアリテイに富んでいるので、小説のようです。読ませていただいて有難う。ございます。

投稿: サッチー | 2006年3月24日 (金) 21時01分

>サッチーさん
こんばんわ。サッチーさんに褒められると恥ずかしくて顔が赤面します。
私はいつもそうですが、あまり物事を深く考えたことが無く、何とかなるだろうで今日まで来てしまいました。苦しいと想ったこともありません。
だから、駄目なのかもしれません。

投稿: じゅんのすけ | 2006年3月24日 (金) 21時51分

ひえ~っ!その方はお縄頂戴しちゃったというわけですね。じゅんのすけさんもスレスレのところをくぐってきてますですねー(^^;)
しかしそういうのもやはり貴重な体験ですね。
相当ごちゃついている所にあっても、いつも守られ、そこの色に簡単には染まらないのがすばらしいですね♪
実は私も一時芝居をやっていたので、他人とは思えない(失礼!)部分があります。。(^^)

投稿: cosmos | 2006年3月26日 (日) 01時38分

>cosmosさん
いつまでたってもあぶなっかしい生き方ばかりをしています。結局は死ぬまでこうなんでしょうね。
芝居はもっと歳をとったら、また、昔の仲間とやりたいと心に念じています。

投稿: じゅんのすけ | 2006年3月26日 (日) 09時01分

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